Match Report
2002.2.2
村上潤二 vs チャロエムチャット キャットプラサンチャイ
6回戦 後楽園ホール


我を忘れ、 ぼくは魅入っていた。
いや、 そんな生易しいものではない。

寒い二月なのに、 思わず固く、 握り締めた拳からは、 汗が滴り落ちる。
眼前に展開される、 ありえない光景に、 ぼくは いきどおりすら 感じていたのだった。

国内B級、 6回戦。 試合開始。

突進し、 パンチを強振する タイ人に対し、
彼は、 闘牛士よろしく 速いステップを切って、 ひらりと身を交わし、 ビシャ っと、ジャブを見舞う。
いらだつタイ人が、 身体で押し込もうと、 突進し距離を殺そうとする、
その出鼻の先をとり、 ストレートで突き放す。

感心する。
いい、 選手だ。

だいいち 目がいい。
相手のパンチを、 バックステップで、 鼻先スレスレにかわす。
なかなか出来ない芸当である。
ステップも速い、 典型的なボクサータイプ。
繰り出すパンチも速い。 矢のようだ。

なんと、 一ラウンドは、 一発もパンチをもらわずに、 終わったのである。

それなら、 時々目にすることがある。
一ラウンドなら。

だが、 続かない。
いや、 続くわけがないのだ。

ところが、 ラウンドを重ねるごとに、 ボクシングの聖地に どよめきが走る。
一発も、 かすらない。
さわれない。
届かない。
ありえない。

ありえないはずの光景が、 眼前に展開される。
逃げ足がいかに速かろうと、 いずれ必ず、つかまる。
リングは四角くロープで、 仕切られているのだから。
パンチがあたらなければ、 身体であたり、 距離をつぶし、 肩でカチあげ、 拳の後、 ひじを飛ばせばよい。

だが、 それをやらせない。

距離をつぶそうと 突っ込むと、 矢のようなジャブで、 阻まれる。
それでも突っ込もうと、 進むと、 もうそこにいないのだ。
探す矢先に、 バッチーンと、 ストレートが飛んでくる。
かまわず相打ちを狙うと、 鼻先で、かわされる。

そして…
とうとう 5ラウンドが終わってしまった。

館内は異様な静寂に包まれた。
興奮し、 張り詰め、 息を飲む、 静寂。

そして そのままついに、 一発も被弾せず、 6ラウンドが終了したのである。
どよめきが、歓声の爆発に 替わった瞬間であった。

まさに、 天賦の才!

ここに天才がいるぞ〜
叫びたい衝動に駆られた ことを、今も思い出す。

パンチ力、 スピード、 キレ、 目のよさ、 ステップワーク、 天は、全てを、 彼に与えたのだ。
新しい、 これまで類を見ない、 スターが、 日本ボクシング界を席巻する!
世界のベルトを手にした、 これまでの、 日本人の誰よりも スタイリッシュで、 洗練され、 クレバーで、 クールで。

ところが、 ところが、である。
彼に、 悲運がおとずれたのだった。
無常なる天は、 彼に、 その後長きに渡って 試練の時を与え続けたのである。

三度の骨折、
さらに、手術。

日本チャンプでさえ、 専業がなりたたない、 金にならず、 身を削る、 厳しい世界での一年半。
これまでぼくは、 素晴らしい魅力あふれる才能が、
生活の為に、 怪我の為に、 家族の為に、 リングを降りた姿を たくさん見てきた。
天を呪ったよ。 一人彼の心情を思い、 暗澹と夜を過ごしたことも あった。

けれど、 彼は、負けなかった。
不遇と、
なにより 自分に。

自分を信じ、 こつこつとやるべきことを やり、 己という原石を研磨し続け、
時の侵食に打ち勝って、 見事リングに返り咲いた。
洗練されたスタイルは、 紆余曲折を経て、 今正に、ここに結実した。
スピード、 見切り、 パンチ、 全てが、 研ぎ澄まされた 鋭利なナイフのようだ。

いっけ〜、じゅんじ!!
彼、 八王子中屋ボクシングジム所属
日本スーパーフェザー級8位 村上潤二
近い将来彼は、 必ずや世界を、席巻する。
Report by S.Watanabe
Photo→